はじめに
「運動した方がいいのはわかっているけど、なぜいいのかはよくわからない」。そういう方は多いと思います。「体にいい」とわかっていても、その理由がイメージできないと、なかなか行動につながりにくいものです。
第1回は、運動したときに体の中で何が起きているのかを整理します。「なぜ運動が健康に関係するのか」を知ることが、このシリーズ全体の入り口です。
運動中、体に何が起きているか
体を動かすと、まず筋肉がエネルギーを必要とします。そのエネルギーを補うために以下のことが同時に起きます。
心臓が速く動いて血液の循環量を増やす。呼吸が速くなって酸素をより多く取り込む。血液が活動中の筋肉に優先的に届けられる。体温が上昇し、発汗が始まる。
これを「運動の急性反応」と呼びます。心拍数の上昇・血圧の一時的な変化・体温上昇・発汗は、体が運動という刺激に対してすぐに示す反応です。「動いていると汗をかいて息が上がる」という日常の体験は、これらがまとめて現れたものです。
一方、運動を継続することで体に起きる変化を「慢性適応」と呼びます。筋肉が発達する・血管の柔軟性が高まる・心臓のポンプ機能が向上するなど、繰り返される刺激に対して体が適応していく変化です。この適応が、健康への長期的な影響として現れます。
全身に起きる変化
運動の影響は筋肉だけに留まりません。全身に影響が及びます。
心臓・血管への影響
定期的な有酸素運動は心臓の機能を高め、血管の柔軟性を保つ方向に働きます。安静時の心拍数が下がる(心臓の効率が上がる)・血圧が安定しやすくなるなどの変化が、継続的な運動によって生じることが研究で示されています。
筋肉・骨への影響
筋肉は使うことで維持・向上し、使わないと萎縮します。骨は体重をかける動き(荷重運動)によって、骨密度の維持に関わることが示されています。これはフレイル・サルコペニア・骨粗しょう症の予防とも深く関わります(第13回・第18回で詳しく扱います)。
血糖・代謝への影響
筋肉が動くとブドウ糖がエネルギーとして消費されます。これが血糖値に直接関連します。また継続的な運動によって、インスリン感受性(インスリンが効きやすい体の状態)が改善する方向に働くことが示されています(第11回で詳しく扱います)。
脳・神経への影響
運動によってBDNF(脳由来神経栄養因子)という物質が分泌されることが研究で示されています。BDNFは神経細胞の維持・機能に関与するとされており、認知機能や気分との関連が研究されています(第14回で詳しく扱います)。
免疫・炎症への影響
適度な運動は免疫機能の維持と関連し、慢性的な炎症を抑える方向に働くことが示されています。ただし「適度」という点が重要で、過度に激しい運動は免疫機能に一時的な影響を与えることがあります。
急性反応と慢性適応の違い
運動の健康への影響を理解する上で、急性反応と慢性適応の違いを知っておくことが重要です。
急性反応は、1回の運動中・運動直後に起きる変化です。運動中の心拍数上昇・血圧変化・血糖値の低下傾向・運動後の気分の改善などがこれに当たります。
慢性適応は、運動を継続することで徐々に現れる変化です。筋肉量の維持・向上・血管機能の改善・安静時血圧の低下・インスリン感受性の改善などがこれに当たります。
「1回頑張れば体が変わる」のではなく、「繰り返すことで体が少しずつ変わっていく」というのが正確な理解です。一方で「1回やっても意味がない」わけでもありません。1回の運動でも血圧の一時的な低下・血糖値への影響・気分の変化は起きます。
薬剤師・運動指導者として伝えたいこと
薬剤師として補足すると、薬も同じ考え方が当てはまります。1回飲んで効果が出るものもあれば、継続的に服用することで効果が維持されるものもあります。運動も同様に、短期的な反応と長期的な変化の両方があると理解しておくと、焦らず続けやすくなります。
また運動と薬は対立するものではありません。高血圧・糖尿病・脂質異常症などで薬を服用している方が運動習慣を持つことで、薬の効果をより引き出しやすくなることが示されています。「薬を飲んでいるから運動は必要ない」でも「運動すれば薬はいらない」でもなく、両方が体を支える手段です。
ただし服薬中の方が運動を始める際には注意が必要な場合もあります。この点については各テーマの回で詳しく扱います。
今日のまとめ
– 運動には「急性反応(1回の運動で起きる変化)」と「慢性適応(継続で起きる変化)」の両方がある
– 心臓・血管・筋肉・骨・血糖・脳・免疫など、運動の影響は全身に及ぶ
– 「1回で変わる」わけではないが「1回意味がない」わけでもない
– 運動と薬は対立しない。両方が体を支える手段として機能する
– 次回は「身体活動と運動の違い」を整理します
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北川 俊一(薬剤師 / スポーツファーマシスト)
Well Lab — well-lab-kitagawa.net
「薬を否定しない。でも薬だけに頼らない。」
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