はじめに
「血圧が高めと言われたけど、運動していいのか不安」「薬を飲んでいるのに、運動も必要なの?」。血圧と運動の関係について、こういった疑問を持っている方は多くいます。
第10回からは第3章「運動と健康を知る」に入ります。第1〜2章で整理した運動の基本・運動量の知識を踏まえて、具体的な疾患・健康状態との関わりを扱っていきます。まず「運動と血圧」の関係を整理します。
運動は血圧にどう影響するか
定期的な有酸素運動は血圧を下げる方向に働くことが、多くの研究で示されています。
中等度の有酸素運動を継続することで、収縮期血圧(上の血圧)が平均5〜8mmHg程度低下するという研究結果が示されています。高血圧がある方ではより大きな低下が見られることもあります。「高血圧管理・治療ガイドライン2025(JSH2025)」でも、有酸素運動は生活習慣改善の重要な柱として位置づけられています(生活習慣病シリーズ第7回参照)。
また筋力トレーニングも、継続的に行うことで血圧低下と関連することが示されています。以前は「筋トレは血圧を上げる」というイメージがありましたが、適切な方法で継続した場合は安静時血圧を下げる方向に働くことが複数の研究で報告されています。
体の中で何が起きているか
運動が血圧に関わるメカニズムとして、現在以下のことが示されています。
血管内皮機能の改善
有酸素運動を継続することで、血管の内皮細胞から一酸化窒素(NO)が産生されやすくなります。一酸化窒素は血管を拡張させる作用があり、これが血管の柔軟性向上・血圧低下と関連します。「血管がしなやかになる」というのはこのメカニズムのことを指しています。
交感神経活動の調整
運動習慣がある人では、安静時の交感神経の過活動が抑制される方向に働くことが示されています。交感神経の過活動は血管収縮・心拍数増加を介して血圧を上昇させるため、この抑制が血圧低下に貢献すると考えられています。
体重・内臓脂肪の管理
運動による体重・内臓脂肪の減少も血圧低下と関連します。内臓脂肪はインスリン抵抗性・交感神経活動の亢進・アディポカインの分泌を介して血圧を上昇させることが知られています(生活習慣病シリーズ第7回・第4回参照)。
腎臓への影響
一部の研究では、運動が腎臓でのナトリウム排泄を促進する方向に働く可能性も示されています。食塩感受性の高い方の血圧管理においても運動の役割が注目されています。
運動中の血圧変化
「継続的な運動習慣による血圧低下」と「運動中の一時的な血圧上昇」は別の話です。
運動中は心臓がより多くの血液を送り出すために、血圧は一時的に上昇します。これは正常な生理反応であり、健康な成人では収縮期血圧が180〜200mmHg程度まで上昇することもあります。
問題になるのは、もともと血圧が高い状態でさらに激しい運動をすることで過度に血圧が上昇するケースや、筋力トレーニングで息を止めて力を入れる(バルサルバ効果)による瞬間的な血圧の急上昇です。高血圧がある方は力を入れるときに息を吐く・呼吸を止めないことが特に重要です。
どんな運動がどのくらい推奨されるか
JSH2025では、高血圧の管理における運動として以下の方向性が示されています。
有酸素運動を中心に、中等度の強度(息が上がる・会話ができる程度)で毎日30分以上または週180分以上行うことが目安とされています。
筋力トレーニングは補助的に推奨されていますが、過度な高負荷・息を止めた動作は避けることが望ましいとされています。
ただしこれらは「血圧が正常な方・軽度高血圧の方」を中心とした目安です。血圧が非常に高い方・心臓や腎臓に合併症がある方は、運動の開始前に処方医に確認することが重要です。
どんな状態と関係するか
運動と血圧の関係が特に重要な状況として以下が挙げられます。
正常高値血圧・高値血圧の段階
まだ高血圧と診断されていないが、数値が気になっている段階では、運動習慣の確立が高血圧への移行を遅らせることに関連することが示されています。
降圧薬との組み合わせ
薬で血圧をコントロールしている方も、運動習慣を持つことで薬の効果をより引き出しやすくなります。「薬を飲んでいるから運動は不要」ではなく、薬と運動は役割分担として組み合わせることが重要です。
合併症の予防
血圧管理は心筋梗塞・脳梗塞・慢性腎臓病の予防とも関わります。運動による血圧管理は、これらのリスク低減にもつながります。
よくある誤解
❌「高血圧があるから、運動は危険」
↓
✅ 適切な強度の運動は、高血圧の管理において推奨されています
「血圧が高いから運動を避ける」という考え方は、多くの場合正確ではありません。適切な強度の有酸素運動は、高血圧の管理において生活習慣改善の重要な手段として位置づけられています。ただし「適切な強度」という点が非常に重要です。治療中の方・血圧が非常に高い方・合併症がある方は、運動の種類・強度について処方医に確認した上で始めることが大切です。
薬剤師・運動指導者として伝えたいこと
降圧薬を服用している方が運動を始める際に注意したい点があります。
運動後低血圧
有酸素運動の後は血圧が一時的に低下することがあります。降圧薬を服用している方ではこの低下が大きくなることがあり、立ちくらみ・めまいに注意が必要です。特に運動直後・入浴後・気温が高い日は注意してください。
β遮断薬と心拍数
β遮断薬(一部の降圧薬・不整脈の薬)を服用している方は、運動中の心拍数が上がりにくくなります。心拍数だけを運動強度の目安にすると、実際の強度を誤って評価することがあります。「息の上がり具合」や「会話ができるか」という感覚も合わせて強度の目安にすることが大切です。
市販の鎮痛薬(NSAIDs)
ロキソプロフェン・イブプロフェンなどの市販鎮痛薬は降圧薬の効果を弱めることがあります。頭痛・腰痛などで頻繁に使用している方は処方医に相談してください。
家庭血圧の記録
運動習慣を始めた後の血圧変化を自分で把握するために、家庭血圧計での毎日の記録が有用です(JSH2025では家庭血圧が診断・管理においてより重視されています)。変化があれば処方医に伝えることで、薬の調整が行われることもあります。
今日のまとめ
– 定期的な有酸素運動は収縮期血圧を平均5〜8mmHg程度低下させることが示されている
– メカニズムは血管内皮機能の改善・交感神経活動の調整・体重管理などが関わる
– 運動中の血圧上昇は正常な生理反応。継続的な習慣による低下とは別の話
– 高血圧がある方でも適切な強度の運動は推奨されているが、合併症がある方は処方医に確認を
– 降圧薬服用中の方は運動後低血圧・β遮断薬の影響・市販鎮痛薬との関係に注意
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北川 俊一(薬剤師 / スポーツファーマシスト)
Well Lab — well-lab-kitagawa.net
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