2026/10/22

高齢者に筋力トレーニングは必要? 【運動と健康シリーズ・第16回】

はじめに

「歳をとってから筋トレなんて、体を壊しそう」「若い人がやるものでしょ」。高齢者と筋力トレーニングの関係は、こういったイメージから敬遠されがちなテーマです。

第16回から第4章「運動と高齢期」に入ります。高齢期に特有の課題として、筋力トレーニング・転倒予防・フレイルの3つを扱います。まず「高齢者に筋力トレーニングは必要か」を整理します。

結論から言うと

高齢者にこそ、筋力トレーニングは重要です。

これは「若い人と同じようにハードなトレーニングをすべき」という意味ではありません。「加齢による筋肉量・筋力の低下を遅らせ、日常生活を自立して送り続けるための、適切な負荷の運動」という意味です。

なぜ高齢期に筋力トレーニングが重要なのか

第5回で整理した通り、筋肉量・筋力は加齢とともに低下します(サルコペニア)。この低下は30代以降から始まり、60〜70代以降では年間1〜2%程度の筋肉量低下が起きるとされています。80代では若い頃と比べて筋肉量が30〜40%程度低下しているケースもあります。

問題はこの低下が引き起こす連鎖です。

筋力低下→歩行速度の低下→椅子からの立ち上がり困難→バランス能力の低下→転倒リスクの上昇→骨折→入院・安静→さらなる筋力低下・活動量低下という悪循環に入りやすくなります。

この連鎖を断ち切る・遅らせることに、筋力トレーニングが関わることが多くの研究で示されています。また筋肉は血糖管理・骨密度・認知機能にも関わっており(第5回・第11回・第13回・第14回参照)、高齢期の筋力維持は健康寿命全体に関わります(第15回参照)。

高齢者でも筋肉は変化する

「高齢になると筋肉はもう増えない」と思っている方がいるかもしれません。しかし研究では、70代・80代の方でも適切な筋力トレーニングによって筋力・筋肉量が改善し、歩行速度・バランス能力・身体機能が向上することが示されています。

加齢によって筋肉の適応能力(タンパク質合成速度・ホルモン応答など)は若年者より低下しますが、完全に失われるわけではありません。若い頃と同じペースでは改善しないものの、適切なトレーニング刺激への応答は年齢を問わず起きます。「遅すぎる」ということはなく、今から始めることに意味があります。

どんな筋力トレーニングが推奨されるか

厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、高齢者に対して多要素な運動(有酸素運動・筋力トレーニング・バランス運動・柔軟性運動を組み合わせたもの)が推奨されています。

高齢者向けの筋力トレーニングとして以下が参考になります。

日常動作に直結する種目を選ぶ

椅子からの立ち座り(スクワット動作)・かかと上げ・壁を使った腕立て伏せ・段差を使った踏み台昇降・タオルを使った引く動作(ロウイング)など、転倒リスクが低く日常動作に直結する種目が現実的な出発点です。

負荷の目安

10〜15回程度繰り返せる負荷から始めることが基本です。「少し頑張れば続けられる」程度の負荷が安全で継続しやすいアプローチです。高負荷・高強度は必須ではありません。

頻度

週2〜3日・同じ筋群の間に回復時間を設けること(第9回参照)。毎日同じ種目を繰り返すより、休息日を設けた方が筋肉の回復・再構築が促されます。

バランス運動との組み合わせ

高齢期では転倒予防の観点から、筋力トレーニングだけでなくバランス運動も重要です(第17回で詳しく扱います)。片脚立ち・タンデム歩行(一直線上を歩く)などを組み合わせることが推奨されます。

たんぱく質摂取との組み合わせ

高齢者では若年者より筋たんぱく質の合成効率が低下する傾向があります。そのため筋力トレーニングと適切なたんぱく質摂取を組み合わせることが特に重要です。

日本人の食事摂取基準(2025年版)では、高齢者のたんぱく質目標量が引き上げられており、体重1kgあたり1.0g以上の摂取が推奨される方向で議論されています。食事だけで補いにくい場合は、プロテイン補助食品を活用することも選択肢の一つです。

また筋肉の修復は睡眠中に活発に行われます(第3回参照)。トレーニング・栄養・睡眠の3つをセットで考えることが、高齢期の筋肉維持において重要です。

よくある誤解

❌「高齢者は激しい運動は危険だから、安静にしていた方がいい」

↓

✅ 適切な強度の筋力トレーニングは、高齢者の身体機能維持において推奨されています

「安静にしていれば体が守られる」という考え方は、高齢期においては逆効果になりやすいことが研究で示されています。使わない筋肉はさらに衰え、活動量が低下することでフレイルに近づくリスクが高まります(第18回参照)。「適切な強度の筋力トレーニングを安全に行うこと」は「激しい運動をすること」ではありません。持病・関節の状態に応じた配慮をした上で、できる範囲で動き続けることが大切です。

薬剤師・運動指導者として伝えたいこと

高齢の方が筋力トレーニングを始める際に、薬の観点から注意したい点があります。

降圧薬を服用している方

運動後の血圧低下(起立性低血圧)に注意が必要です。立ち上がるときにゆっくり動く・動作と動作の間に少し間を置くことが基本です。

骨粗しょう症がある方・骨折リスクが高い方

転倒を招く可能性がある動作(バランスが不安定な姿勢・急な方向転換)は避け、安定した環境でトレーニングを行うことが重要です。

睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系など)を服用している方

筋弛緩作用・ふらつきの副作用がある場合があります。服用後時間が経ってから運動するか、ふらつきがある日は運動の種類・強度を調整することが安全です。

利尿薬を服用している方

脱水が起きやすい状態にあることがあります。運動前後の水分補給が特に重要です。

複数の持病がある方・体力が著しく低下している方は、運動の種類・強度について主治医・理学療法士・健康運動指導士などの専門家に相談した上で始めることをお勧めします。地域の運動教室・通所施設・健康増進施設などを活用することも、安全に継続するための選択肢の一つです。

今日のまとめ

– 高齢者にこそ筋力トレーニングは重要。「激しい運動をすべき」ではなく「筋力の低下を遅らせるための適切な刺激」が目的

– 70代・80代でも適切なトレーニングによって筋力・身体機能が改善することが研究で示されている

– 椅子からの立ち座り・かかと上げなど、日常動作に直結する種目から始めることが現実的

– 筋力トレーニング・有酸素運動・バランス運動を組み合わせた多要素な運動が高齢者に推奨される

– たんぱく質摂取・睡眠との組み合わせが筋肉維持において重要

– 降圧薬・睡眠薬など服薬中の方は転倒・血圧変動に注意。専門家への相談を

– 次回は「転倒予防と運動」を整理します

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北川 俊一(薬剤師 / スポーツファーマシスト)

Well Lab — well-lab-kitagawa.net

「薬を否定しない。でも薬だけに頼らない。」

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