はじめに
「転んでから骨折して、そのまま寝たきりに」。高齢の方のご家族を持つ方なら、こういった話を聞いたことがあるかもしれません。転倒は高齢期において、健康寿命を大きく左右するできごとの一つです。
第17回は「転倒予防と運動」の関係を整理します。なぜ転倒が問題なのか・どのような運動が予防に関わるか・薬との関係を含めて整理します。
転倒はなぜ問題なのか
転倒そのものよりも、転倒が引き起こす連鎖が問題です。
転倒→骨折(大腿骨近位部・脊椎・手首など)→入院・手術→長期の安静→筋力・体力の急速な低下(廃用性筋萎縮)→日常生活動作の困難→要介護状態という連鎖が、特に高齢の方で起きやすくなっています。
大腿骨近位部(太ももの付け根)の骨折は特に深刻で、骨折後1年以内の死亡率が20〜30%に達するという報告もあります。またたとえ骨折が治癒しても、以前と同じ歩行能力・生活機能に戻れない方が少なくないことも示されています。
日本の高齢者が要介護状態になる原因の約10%が「骨折・転倒」とされており(厚生労働省「2022年国民生活基礎調査」)、認知症・脳血管疾患に次ぐ主要な原因の一つです。転倒予防は「転ばないようにする」という日常の安全管理であると同時に、健康寿命を守るための重要な取り組みです。
なぜ高齢になると転倒しやすくなるのか
転倒リスクは単一の原因ではなく、複数の要因が重なることで高まります。
身体的な要因
筋力の低下(特に下肢筋力)・バランス能力の低下・歩行速度の低下・反応速度の低下・視力の低下・関節の柔軟性低下・感覚機能(足底感覚など)の低下などが挙げられます。これらは加齢とともに自然に進行しますが、運動習慣によって低下速度を遅らせることができます。
環境的な要因
段差・滑りやすい床・浴室・照明不足・不適切な靴(サイズが合っていない・スリッパなど)などが転倒の引き金になります。
薬剤の影響
複数の薬を服用している方では転倒リスクが高まることが知られており、薬剤師として特に重要な視点です(後述)。
これらの要因が重なるほど転倒リスクが高まります。逆に言えば、それぞれの要因に対処することがリスク低減につながります。
運動は転倒予防にどう関わるか
転倒予防における運動の効果は多くの研究・メタ分析で示されています。WHO「身体活動と座位行動に関するガイドライン(2020年)」でも、高齢者に対してバランス運動と筋力強化を組み合わせた多要素な運動が週3日以上行われることが推奨されています。
バランス運動
片脚立ち・タンデム歩行(一直線上を歩く)・重心移動の練習・ステップ練習などが、バランス能力の維持・向上に関連します。「ふらつかずに立つ」「方向を変える」という日常動作に直結する能力です。
下肢の筋力トレーニング
大腿四頭筋(太ももの前)・臀筋・下腿三頭筋(ふくらはぎ)の筋力が特に転倒と関連しています。椅子からの立ち座り・かかと上げ・段差の昇降練習などが日常的に取り組みやすい種目です(第16回参照)。
歩行トレーニング
歩行速度・歩幅・歩行の安定性は転倒リスクと関連します。意識的な歩行練習・ウォーキングの継続が有効です。特に「一定のリズムで歩く」「かかとから着地する」という歩き方の意識が重要とされています。
多要素な運動(マルチコンポーネント運動)
厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」および「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2025年版」でも、バランス運動・筋力トレーニング・有酸素運動を組み合わせた多要素な運動が転倒予防に最も効果的であることが示されています。
コグニサイズ・デュアルタスク
第14回で触れた「コグニサイズ」は転倒予防においても関連します。歩きながら計算する・会話しながら歩くなどの「二重課題(デュアルタスク)」は、実際の日常生活場面での転倒リスクと関連することが示されています。「歩きながら何かを考える・話す」という場面での注意分散が転倒につながりやすいため、これを意識的に練習することが転倒予防に関わります。
どんな状態と関係するか
転倒予防が特に重要な状況として以下が挙げられます。
過去に転倒経験がある方
転倒経験がある方は、再転倒リスクが高いことが示されています。転倒後の「また転ぶかもしれない」という恐怖感(転倒恐怖)が活動量低下につながり、筋力・体力がさらに低下するという悪循環にも注意が必要です。
複数の薬を服用している高齢者
ポリファーマシー(多剤服用)は転倒リスクと関連します(後述)。
フレイルがある方
第18回で詳しく扱いますが、フレイルと転倒リスクは深く関連しています。
よくある誤解
❌「転倒予防には、歩くだけで十分」
↓
✅ 歩行は重要ですが、バランス運動・下肢筋力トレーニングとの組み合わせがより効果的です
ウォーキングは健康づくりに広く推奨される運動ですが、転倒予防という観点では、バランス能力・下肢筋力の向上に特化した運動との組み合わせが推奨されています。「ふらつかずに立つ・方向を変える・段差を越える」という動作に関わる能力は、歩くだけでは十分に鍛えられない部分があります。片脚立ち・かかと上げ・椅子からの立ち座りなどを意識的に取り入れることが転倒予防においてより効果的です。
薬剤師・運動指導者として伝えたいこと
転倒リスクに関わる薬について、薬剤師として特に伝えたいことがあります。
睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン系・Z薬など)
筋弛緩作用・ふらつき・翌朝の眠気(持ち越し効果)が転倒リスクを高めることが広く知られています。特に夜間・早朝のトイレ時の転倒が多いことが報告されています。
降圧薬・利尿薬
起立性低血圧(立ち上がったときに血圧が下がってめまいが起きる状態)を招くことがあります。特に夏場・食後・運動後は注意が必要です。
抗ヒスタミン薬(一部の市販かぜ薬・花粉症薬・酔い止め)
眠気・ふらつきの副作用があり、市販薬でも転倒リスクと関連することがあります。
抗精神病薬・一部の抗うつ薬
錐体外路症状(体がこわばる・動きが遅くなる)やふらつきが転倒リスクと関連します。
5種類以上の薬を服用している(ポリファーマシー)高齢の方は転倒リスクが高まることが知られています。服用している薬が転倒に影響している可能性がある場合は、処方医・薬剤師に相談することが大切です。薬の見直し(減薬・変更・服用タイミングの調整)が転倒リスク低減につながることがあります。
また運動とともに、住環境の整備も転倒予防において重要です。浴室・トイレへの手すりの設置・段差の解消・滑りにくいマットの使用・夜間の照明確保・適切な靴の選択などが、住環境における転倒リスクの低減につながります。介護保険を利用した住宅改修についても、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談することができます。
今日のまとめ
– 転倒は骨折→廃用→要介護という連鎖につながりやすく、高齢者の健康寿命に直結する問題
– 転倒リスクは筋力低下・バランス低下・視力低下・環境・薬剤など複数の要因が重なって高まる
– バランス運動・下肢筋力トレーニング・歩行練習を組み合わせた多要素な運動が転倒予防に推奨される
– 睡眠薬・降圧薬・抗ヒスタミン薬など転倒リスクと関連する薬がある。薬の見直しが有効な場合もある
– 住環境の整備(手すり・段差解消・照明確保)も転倒予防の重要な柱
– 次回は「フレイルと運動」を整理します
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北川 俊一(薬剤師 / スポーツファーマシスト)
Well Lab — well-lab-kitagawa.net
「薬を否定しない。でも薬だけに頼らない。」
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