はじめに
「毎日歩いているから運動は大丈夫」という方が多くいます。ウォーキングは素晴らしい習慣ですが、フレイル・サルコペニア・ロコモの予防という観点では、歩くだけでは不十分な場合があります。
第8回は、4つの運動を組み合わせた予防アプローチを整理します。
なぜ歩くだけでは足りないのか
ウォーキングは主に心肺機能・持久力を鍛える有酸素運動です。健康にとって非常に重要ですが、筋力を直接増加させる効果は限定的です。
第5回で整理した通り、フレイル・サルコペニア・ロコモを予防するには筋力・バランス能力・持久力・柔軟性という4つの要素をバランスよく整えることが必要です。歩くだけではこのうちの一部しかカバーできません。4つの運動を組み合わせることが、フレイル予防の基本アプローチです。
筋トレ:筋肉を増やし・維持する唯一の方法
筋肉を増やすためには、筋肉に適切な負荷をかけることが必要です。これは薬でも食事でも代替できません。筋力トレーニングだけが筋肉を増やし・維持できる手段です。
「高齢者が筋トレをしても意味がない」は誤りです。70代・80代でも筋力トレーニングによって筋肉量・筋力が増加することが複数の研究で示されています。始めるのに遅すぎることはありません。
日常でできる筋トレの例として以下が挙げられます。
– 椅子からゆっくり立ち上がる(スロースクワット):太もも・お尻の筋肉を鍛える最も基本的な動き
– 壁に手をついた腕立て伏せ:上半身の筋力維持
– 椅子に座ったまま足を持ち上げる(レッグレイズ):大腿四頭筋の強化
– かかとの上げ下げ(カーフレイズ):ふくらはぎの筋力とバランスの向上
自分の体重を使ったシンプルな動きから始めることが大切です。最初は回数より「毎日続けること」を優先してください。
バランス運動:転倒を防ぐ力を鍛える
筋力があっても、バランス能力が低いと転倒は防げません。バランス運動はロコモ・フレイル予防において特に重要な運動です。
転倒は「骨折→活動量低下→筋肉が減る」という負のループの入り口になります。バランス能力を鍛えることで、この入り口をふさぐことができます。
日常でできるバランス運動の例として以下が挙げられます。
– 片足立ち(最初は壁や椅子に手をそえて):固有受容性感覚のトレーニング
– タンデム歩行(一直線上を継ぎ足で歩く):体幹とバランスの総合的な訓練
– かかと歩き・つま先歩き
片足立ちはまず10秒を目標にしてください。歯磨き中に行う習慣をつけると、日常に組み込みやすいです。慣れてきたら30秒・60秒と延ばしていきます。
有酸素運動:心肺機能と持久力を維持する
ウォーキング・水中歩行・自転車こぎなどの有酸素運動は、心肺機能・持久力の維持に効果的です。また精神的な健康・認知機能の維持にも関わることが示されており、フレイルの社会的・精神的側面への対策にもなります。
フレイル予防の観点では、有酸素運動単独よりも筋トレ・バランス運動と組み合わせることで効果が高まります。
週150分程度の中強度の有酸素運動が推奨されていますが、最初からその量を目指す必要はありません。「今より少し多く動く」から始めてください。「少しだけ息が上がる程度」が中強度の目安です。
ストレッチ:柔軟性と日常動作のしやすさを保つ
柔軟性が低下すると転倒リスクが増加します。また関節の可動域が狭まると日常の動作が制限され、ロコモが進行しやすくなります。
ストレッチは筋肉・関節の柔軟性を維持するための重要な運動です。「気持ちいい」と感じる程度の強度で行うことが基本です。
日常でできるストレッチの例として以下が挙げられます。
– 太もも前面・ふくらはぎのストレッチ:転倒予防に関わる下肢の柔軟性を維持
– 肩甲骨まわりを動かすストレッチ:姿勢の維持
– 朝起きたときのベッドの上でのストレッチ:1日の動きやすさの準備
朝晩5分ずつのストレッチ習慣が、体の動きやすさを保ちます。
4つを組み合わせる現実的な方法
一度に完璧に取り組む必要はありません。日常の中に組み込む方法として以下が参考になります。
– 朝:ベッドの上でストレッチ5分
– 歯磨き中:片足立ちバランス運動
– 日中:近所を少し歩く(有酸素運動)
– 夕方:椅子からの立ち座り10回(筋トレ)
特別な時間や場所を用意しなくても、日常の動作に組み込むことができます。続けることが最も重要です。
薬剤師として伝えたいこと
ふらつき・倦怠感・筋力低下が気になる場合、服薬中の薬との関係を確認することが大切です。降圧薬・睡眠薬・抗不安薬などは、ふらつきや転倒リスクに影響する場合があります。
「運動しようとしてもふらつく」「体を動かすと疲れやすい」という場合、薬の影響が関係していることがあります。思い当たることがあれば、処方医に相談することを検討してください。
運動と薬、どちらも体を支える手段です。組み合わせることでお互いの効果を引き出すことができます。
まとめ
フレイル・サルコペニア・ロコモの予防には、4つの運動を組み合わせることが必要です。
– 筋トレ:筋肉を増やし・維持する唯一の方法。高齢でも効果がある
– バランス運動:転倒を防ぐ力を鍛える。片足立ちから始める
– 有酸素運動:心肺機能・持久力・精神的健康を維持する
– ストレッチ:柔軟性を保ち日常の動きやすさを守る
歩くことは大切ですが、それだけでは4つの要素をカバーできません。日常の中に4つをゆるく組み込むことが、フレイル・サルコペニア・ロコモ予防の運動面からのアプローチです。
次回(第9回)は「生活習慣で予防する」を解説します。
健康寿命・運動習慣についてご不明な点はお気軽にご相談ください。
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北川 俊一(薬剤師 / スポーツファーマシスト)
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