2026/09/20

筋肉はなぜ健康に重要なのか? 【運動と健康シリーズ・第5回】

はじめに

「筋肉は運動している人に必要なもの」「筋肉が多い=スポーツマン」というイメージがあるかもしれません。しかし筋肉は、体を動かすための器官であると同時に、健康全体に深く関わる組織です。

第5回は「筋肉はなぜ健康に重要なのか」を整理します。

筋肉とは何か

筋肉は体重の約40%を占める、体の中で最も大きな組織の一つです。骨格筋・心筋・平滑筋の3種類がありますが、ここで扱うのは私たちが意識的に動かせる骨格筋です。

体を動かす・姿勢を保つという役割はよく知られていますが、筋肉はそれだけではありません。近年の研究では、筋肉は「内分泌器官」としての側面を持つことが示されています。

筋肉が収縮するとマイオカインと呼ばれる生理活性物質が分泌されます。マイオカインは血流に乗って全身に運ばれ、脂肪組織・肝臓・骨・脳・免疫系などに作用することが研究で示されています。代表的なものとしてIL-6・イリシン・FGF21などが知られており、それぞれが異なる臓器・組織に働きかけます。

「筋肉は体を動かすだけの器官」ではなく、「全身と対話しながら健康を支える器官」という理解が、現在の研究では広まっています。

筋肉と健康の関係

血糖管理との関係
筋肉は体内で最大のブドウ糖貯蔵・利用組織です。食後に血液中に増えたブドウ糖を筋肉が取り込むことで血糖値が調整されます。筋肉量が少ない・筋機能が低下していると、この調整がうまく機能しなくなり、血糖値が高くなりやすい状態につながります(第11回参照)。

基礎代謝との関係
安静にしていても筋肉はエネルギーを消費します。加齢によって筋肉量が減少すると基礎代謝量が低下する傾向があります。体重が同じでも筋肉量が多い人と少ない人ではエネルギーの消費効率が異なり、体重管理とも関連します。

骨との関係
筋肉は骨に付着しており、筋肉が収縮することで骨に力学的な刺激が加わります。この刺激が骨形成・骨密度の維持に関わることが示されています。筋肉量の低下と骨密度の低下は同時に進行しやすいことも知られており、両者は深く関連しています(第13回参照)。

転倒・骨折予防との関係
筋力が低下すると、バランスを保つ力・とっさの動きへの対応力が低下します。これが転倒リスクの上昇につながります。転倒から骨折・入院・廃用(使わないことによる機能低下)というリスクも筋肉量・筋力と関連しています(第17回参照)。

フレイル・サルコペニアとの関係
筋肉量・筋力の低下(サルコペニア)が進むと、疲れやすくなる・歩行速度が落ちる・活動量が減るという悪循環に入りやすくなります。これがフレイルの主要な入り口の一つとされています(第18回参照)。

脳・認知機能との関係
筋肉が分泌するマイオカインの一つであるイリシンが、脳のBDNF(神経栄養因子)の分泌に関わる可能性が研究されています。運動・筋肉活動と認知機能の関係については第14回で詳しく扱います。

加齢と筋肉

筋肉量・筋力は、何もしなければ加齢とともに低下します。30代以降から緩やかに減少が始まり、60〜70代以降では年間1〜2%程度の低下が起きるとされています。80代では若い頃の半分程度になるケースもあります。

ただしこの低下は「避けられない運命」ではありません。適切な身体活動・筋力トレーニング・たんぱく質の摂取によって、筋肉量の低下を遅らせることができることが研究で示されています。また高齢になってから筋力トレーニングを始めた場合でも、筋肉量・筋力・身体機能の改善が見られることが複数の研究で報告されています。

年齢を重ねるほど、筋肉量の維持は意識的な取り組みが必要になります。

筋肉を維持するために関わる要素

筋肉の維持・向上には、以下の要素が関わります。

身体活動・筋力トレーニング:筋肉への適切な負荷刺激。第4回で解説した通りです。

たんぱく質の摂取:筋たんぱく質の合成に必要な材料。食事から十分なたんぱく質を摂ることが、筋肉を維持する上で重要です。特に高齢者では若年者よりたんぱく質の利用効率が下がることが示されており、意識的な摂取が求められます。

睡眠・休養:筋肉の修復・再構築は睡眠中に活発に行われます。

病気・薬の影響:後述の通り、一部の疾患・薬剤が筋肉量に影響することがあります。

よくある誤解

❌「筋肉は若いうちに鍛えるもの。高齢になってからでは遅い」

✅ 何歳から始めても、筋肉への適切な刺激は筋力・筋肉量の維持・改善に関わります

筋肉の適応能力は高齢になっても完全には失われません。70代・80代の方でも筋力トレーニングによって筋力・身体機能が改善することが複数の研究で示されています。「もう遅い」ではなく「今から始める」ことに意味があります。ただし年齢・体力・健康状態によって適切な方法は異なるため、無理のない範囲から始めることが大切です(第16回で詳しく扱います)。

薬剤師・運動指導者として伝えたいこと

服薬と筋肉の関係について、薬剤師として伝えたいことがあります。

ステロイド薬の長期使用は、筋肉量の低下(ステロイドミオパチー)と関連することが知られています。スタチン系薬剤(コレステロールを下げる薬)も、まれに筋肉への影響(筋肉痛・だるさ)が報告されています。

また入院・長期の安静によって、使わないことで筋肉量が急速に低下する「廃用性筋萎縮」が起きます。特に高齢の方では回復が難しくなることがあり、入院期間中の適度な活動維持が重要とされています。

「薬で病気をコントロールしているから安心」ではなく、日常の身体活動を維持することが、筋肉を守る上でも重要な意味を持ちます。薬と運動は対立するものではなく、それぞれに役割があります。

今日のまとめ

– 筋肉は体を動かすだけでなく、マイオカインを分泌して全身に影響する「内分泌器官」でもある
– 血糖管理・基礎代謝・骨密度・転倒予防・フレイル予防など、健康寿命全体に関わる組織
– 筋肉量・筋力は30代以降から加齢とともに低下するが、適切な刺激で低下を遅らせることができる
– 高齢になってから始めても、筋力・身体機能の改善は見られることが研究で示されている
– ステロイド薬・長期安静は筋肉量の低下と関連する。日常活動の維持が重要

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北川 俊一(薬剤師 / スポーツファーマシスト)
Well Lab — well-lab-kitagawa.net
「薬を否定しない。でも薬だけに頼らない。」

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