はじめに
「最近、疲れやすくなった」「歩くのが遅くなった気がする」「なんとなく元気がない」。こういった変化は、加齢による「仕方のないこと」として見過ごされがちです。しかしこれらは、フレイルという状態のサインである可能性があります。
最終回は「フレイルと運動」の関係を整理します。このシリーズ全体の締めくくりとして、健康寿命を守るための運動の意味を改めて確認します。
フレイルとは何か
フレイル(Frailty)とは、加齢に伴い身体・精神・社会的な機能が低下し、健康障害(転倒・疾患・入院・要介護状態など)に陥りやすい脆弱な状態のことです。日本語では「虚弱」と訳されることもあります。
重要なのは「フレイルは病気ではなく、健康と要介護の間にある状態」という点です。そしてフレイルは、適切な介入によって回復できる可能性がある状態とされています。「なってしまったら終わり」ではなく「気づいて対処することに意味がある」という理解が重要です。
フレイルの評価基準として広く使われているFried基準(Fried LP et al., J Gerontol, 2001)では以下の5項目のうち3つ以上に当てはまる場合をフレイル、1〜2つをプレフレイル(フレイルの前段階)と定義しています。
体重減少(意図しない1年間で4.5kg以上または5%以上の減少)・疲労感(ほとんど毎日、何をするにも面倒と感じる)・筋力低下(握力の低下)・歩行速度の低下・身体活動量の低下。
日本人高齢者のフレイルの頻度は、地域在住の65歳以上で約10〜15%・後期高齢者(75歳以上)ではより高くなるとされています。またプレフレイルまで含めると半数近くに及ぶという報告もあります。プレフレイルの段階で気づき対処することが、フレイルへの進行を防ぐ上で特に重要です。
フレイルと運動の関係
フレイルの5つの評価項目のうち、筋力低下・歩行速度の低下・身体活動量の低下は、いずれも運動と直接関連します。これがフレイル予防において運動が中心的な役割を担う理由です。
研究では、定期的な運動習慣がフレイルの発症予防・改善と関連することが示されています。特に筋力トレーニングと有酸素運動を組み合わせた多要素な運動が、フレイル予防に効果的であることが複数のメタ分析で報告されています(厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」参照)。
また運動習慣があることは、フレイルの別の側面(疲労感・体重減少・活動量低下)にも間接的に影響します。活動することで食欲が保たれる・社会参加につながる・気分が維持されるという連鎖が、フレイルの悪循環を断ち切ることに関わります。
フレイルの悪循環(フレイルサイクル)
フレイルを理解する上で重要なのが「フレイルサイクル」という概念です。
活動量の低下→筋力・体力の低下→疲労感の増大・エネルギー消費の低下→食欲低下・栄養不足→筋肉量のさらなる低下→活動量のさらなる低下。
この悪循環が気づかないまま進行すると、最終的に要介護状態に至りやすくなります。どこかでこの循環を断ち切ることが重要であり、運動はその有効な手段の一つです。
特に入院・疾患の悪化などで一時的に活動量が低下したときに、このサイクルが加速しやすくなります。「少し体調が悪い時期があってから急に弱った」という経験は、このサイクルを反映していることがあります。
フレイルの多面的な側面
フレイルは身体的な側面だけでなく、精神的・社会的な側面も含みます。
精神的フレイル(うつ・意欲の低下・認知機能の低下)や社会的フレイル(孤立・社会参加の減少)も、身体的なフレイルと相互に影響することが示されています。
運動の場(地域の運動教室・体操グループ・スポーツクラブなど)は、身体活動の機会であると同時に社会参加・つながりの場でもあります。この点で運動は、フレイルの複数の側面に同時に関わる可能性があります(第14回参照)。
また栄養との組み合わせも重要です。特にたんぱく質の摂取は筋肉量の維持に関わり(第16回参照)、運動とたんぱく質摂取の組み合わせがフレイル予防においてより効果的であることが示されています。睡眠の質も筋肉の修復・回復に関わります(第3回参照)。
どんな状態と関係するか
フレイル予防において運動が特に重要な状況として以下が挙げられます。
プレフレイルの段階
Fried基準で1〜2項目に当てはまる状態では、早期の介入でフレイルへの移行を防ぐことができる可能性が高いとされています。
サルコペニアとの合併
筋肉量・筋力の低下(サルコペニア)はフレイルの主要な身体的基盤です(第5回・第16回参照)。両者は密接に関連しており、筋力トレーニングがサルコペニア・フレイルの両方に関与します。
転倒との関連
フレイルがある方は転倒リスクが高く、転倒がフレイルをさらに悪化させるという関係があります(第17回参照)。転倒予防とフレイル予防は切り離して考えることができません。
よくある誤解
❌「フレイルになったら、もう回復できない」
↓
✅ フレイルは適切な介入によって改善できる可能性がある状態です
フレイルは「健康と要介護の間」にある状態であり、進行した要介護状態とは区別されます。プレフレイル・フレイルの段階で適切な運動・栄養・社会参加への介入を行うことで、健常な状態に近づく可能性があることが研究で示されています。「もう遅い」ではなく、気づいた時点から取り組むことに意味があります。
薬剤師・運動指導者として伝えたいこと
フレイルと薬の関係について、薬剤師として伝えたいことがあります。
多剤服用(ポリファーマシー)はフレイルのリスクと関連することが知られています。5種類以上の薬を服用している高齢の方では、薬の副作用(食欲低下・ふらつき・筋力低下・認知機能への影響)がフレイルを悪化させることがあります。「薬が増えるほど健康になる」わけではなく、必要な薬を適切に使い続けることが重要です。
服用中の薬がフレイルに影響している可能性がある場合は、処方医・薬剤師に相談することが大切です。薬の見直し(減薬・変更)がフレイルの改善につながることがあります。
また地域のフレイル予防・介護予防プログラムを活用することも重要な選択肢です。通いの場・地域包括支援センター・介護予防教室などで、専門家のサポートを受けながら運動・栄養・社会参加に取り組むことができます。
薬と運動はフレイル予防においても対立しません。薬で疾患を管理しながら、運動・栄養・社会参加を組み合わせることが、フレイルと向き合う正しいアプローチです。
このシリーズを終えるにあたって
全18回を通じて「運動について正しく知ること」を目的に整理してきました。
運動の種類・身体活動の意味・どのくらい動けばいいか・血圧・血糖・脂質・骨・認知機能・健康寿命・高齢期の課題。これらはすべて、「健康寿命を守るための手段として運動を理解する」という一つの流れの中にあります。
「正しい情報を知る→なぜ必要かを理解する→自分の生活を振り返る→自分にできることを考える」。この流れを大切にしてきたのは、運動を強制するためではなく、自分で考えて動けるようになってほしいからです。
年齢・体力・生活環境・健康状態は人それぞれです。「正解の運動」は一つではありません。このシリーズが、自分にとっての運動の意味を考えるきっかけになれば幸いです。
今日のまとめ
– フレイルとは健康と要介護の間にある脆弱な状態。適切な介入で改善できる可能性がある
– Fried基準の5項目(体重減少・疲労感・筋力低下・歩行速度低下・活動量低下)のうち3つ以上でフレイル
– フレイルサイクル(活動低下→筋力低下→疲労→食欲低下→さらなる筋力低下)を断ち切ることが重要
– 多要素な運動(筋力トレーニング・有酸素運動・バランス運動)の組み合わせがフレイル予防に効果的
– 運動・栄養・社会参加・睡眠の組み合わせがフレイル予防の基本
– ポリファーマシー(多剤服用)はフレイルリスクと関連する。薬の見直しが有効な場合もある
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北川 俊一(薬剤師 / スポーツファーマシスト)
Well Lab — well-lab-kitagawa.net
「薬を否定しない。でも薬だけに頼らない。」
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